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日々修行です


by richannnakaharan

嵐の中のお参りになりました

昨日は、天気予報の通り、朝から雨。途中からは横殴りの雨になり、夕方までこの雨と風が続き足元から、下着までびしょぬれになりました。従って、写真も余り撮ることができず、一部以前のものを使用します。
まず最初は20番鶴林寺 本尊ー地蔵菩薩 開基ー弘法大師
  弘法大師がこの地を訪れたとき、二羽の雌雄の白鶴が黄金(5.5センチ)の地蔵菩薩をお互いに守護しながら老杉に舞い降りるのを見た。霊を感じた弘法大師は直ちに三尺の地蔵菩薩を刻み、その黄金仏を胎内に納めて本尊とし、堂塔を建立。寺号は鶴にちなんで鶴林寺と名づけた。又、山号は、寺周辺の山容が印度の鷲峰山に似ていることから霊鷲山と号し、はるかむ会に見える「太龍寺」を金剛界、そして鶴林寺を胎蔵界の道場ともされた。「本尊隆臨の杉」が本堂手前奥にそびえている。寺は歴代皇家、武将の尊信を得、分けても阿波藩主は鶴林寺を祈願所と定め、多くの山林・寺領を寄進した。鶴も本尊とされ、朱印にも鶴が押印されます。

 ここで昼食

午後一番は18番恩山寺 本尊ー薬師如来  開基ー行基菩薩
  この寺はもともと大日寺福生院密教寺と称し、しょにんの災難厄を除く道場であって、女人禁制の聖地で、巡錫中の弘法大師当山に足を留められ、修行に励んでおられたとき、母公(珠依御前)が大師を訪ねてこられたが登山は許されなかった。そこで大師は17日間に渡って女人禁制の秘法を修し、成就のあげく寺内へ迎え入れ孝養を尽くされたと。と、いう由緒から、それまでの山号・寺号を現在のものに改めたという。大師堂の右には「珠依御前」を御祀りしている堂があり、その下には、剃髪された場所には石塔があります。又、仁王門の近くには弘法大師が母公「珠依御前」を入門させた祈念に自ら植えたとされる「びらんの樹」があります。(県の天然記念物) 又、寺の入り口にはお釈迦様の十大弟子」の像がお祀りしてある堂があります。
 尚この寺には、四国霊場唯一一箇所しか販売していない「すり袈裟」があります。

最後は19番立江寺 本尊延命地蔵菩薩  開基ー行基菩薩
  聖武天皇の勅願所せあり、帝の長命を受けた行基菩薩が、光明皇后の安産を祈念して約6センチの金の地蔵菩薩を彫刻、それを本尊として堂塔を建立したのが始まりとされています。その後、弘仁6年弘法大師が留錫して、約1.8mの大像を刻み、先の金の仏様を胎内に納め、立江寺と命名し、19番札所とされた。この寺は諸人の理非曲直を見分ける阿波の関所とされ、邪心の心を持つ人はこれより先に進めないとされています。 その昔、石州浜田の「桜井屋銀兵衛」の二女お京が蜜夫と共謀し、夫要助を殺害し、蜜夫長蔵と共にこの寺まで逃げてきたとき、お京さんの髪が逆立って鉦の緒に巻き付いたというものである。大師堂右横には「黒髪堂」があり、その中にお京さんのものと言われる「黒髪」が祀ってあります。
 尚、この寺は格式の高く堂等・境内とも立派です。現在の建物は確か昭和52年に再建されたものだと思います。
 
by richannnakaharan | 2010-04-28 15:54